富山地方裁判所 昭和35年(行)4号 判決 1961年8月25日
原告 山本宗一
被告 日本電信電話公社
訴訟代理人 鰍沢健三 外五名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の申立
原告訴訟代理人は「被告と原告との間に雇傭関係が存在することを確認する。被告は原告に対し金七万三千二百円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに金員の支払につき仮執行の宣言を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。
第二、当事者双方の主張事実
一、原告の請求原因事実
1 原告はもと電気通信省(日本電信電話公社法施行法第二条により現在被告が同省の業務及びその職員の雇傭関係を承継している)の職員で富山電報局勤務の電気通信事務官であつたが、昭和二十五年十一月四日附で電気通信大臣によつて免職された。
2 右免職処分の理由とするところは、原告が国家公務員法の規定により官職に必要な適格性を欠くというのみで、その具体的事由は明示されなかつた。しかしながら当時全国各官公庁において、原告の場合と同じ様に、具体的事由を明示することなく国家公務員法第七十八条第三号の規定による免職処分が数多く行なわれ、いずれもその被処分者が原告同様日本共産党員ないしはその同調者であつた事実に徴して、原告に対する本件免職処分も公職から共産主義者又はその同調者を排除するためのいわゆるレッド・パージであつて、原告が共産党員若しくはその同調者であることを理由としていること明かである。
3 従つて本件免職処分は、原告の政治的信条や思想そのものを理由とする不利益処分であるから、憲法第十四条、第十九条、第二十一条、国家公務員法第二十七条、労働基準法第三条に違反し無効である。従つて原被告間には雇傭関係が存続しており、原告は今なお被告の職員たる身分を失つていないから、被告は原告に対し賃金支払義務がある。そこで原告は、本件免職処分当時一ケ月金六千百円の賃金を得ておつたのであるから、その一部である昭和三十三年十一月十日から同三十四年十一月九日までの間一ケ月金六千百円の割合による賃金合計七万三千二百円の支払を被告に対し求める。
二、原告の被告主張に対する答弁並びに抗弁事実
1 原告に対する本件処分が辞職承認処分であるとの点は否認する。
本件免職処分がなされた当時の事情は次のとおりである。
昭和二十五年全国的に行われたレッド・パージは、当時米占領軍が直接間接に我が国を支配管理しており、朝鮮戦争遂行の必要上日本政府並びに日経連その他有力資本家と合作してなした我が国の労働者階級に対する政治的攻撃で、憲法及びそれに基づく諸法律によつて保障されている労働者の権利を圧殺した暴挙である。この暴挙によつて同年六月六日日本共産党中央委員全員が公職から追放され、続いて同党機関紙「アカハタ」編集関係者が追放され、やがて「アカハタ」の発行が停止され更に新聞報道関係の企業においてレッド・パージが行われたのを皮切りに、一般民間企業においても各種企業にわたつて全国的にレッド・パージが強行された。占領軍に対する「反占領行為」は軍事裁判即重労働を意味していた。このような客観情勢の下において、この狂暴なレッド・パージ旋風に対し原告が単身で闘争することは不可能であつた。
加えるに当時原告が所属した全逓信労働組合富山支部でも、共産党員及びその同調者は弧立させられており、他の組合員達がもし原告に同調して原告を擁護すればその者もレッド・パージされる危険性があつたため、原告一人弧立化せざるをえなかつた。
一方原告は昭和二十三年八月中旬から同二十五年三月三十一日まで肺浸潤のため入院療養をし、免職になつた同年十一月当時未だ病後日浅く身体も復調せず、月給も夫婦共稼で一万円内外であつて、その共稼の妻もレッド・パージの危険にさらされておつた。その上住宅難に苦しめられ親類縁者は原告夫婦を寄せつけない状況にあつた。
このような客観的、主観的状況下にあつた同年十一月六日頃、原告は富山電気通信部長から具体的理由を明示することなく一方的に「公務員として不適格だから辞表を出せ、上からの命令だ、その他の理由は知らぬ、二、三日以内に辞表を出さなければ免職にする。もしそれまでに出せば退職金は倍額やる。」と辞職を強要された。原告はこれに対し辞職の意思のないこと、免職処分に対してはあくまでも闘う旨表明した。その後前記のような情勢から本件免職処分を撤回させることの困難さに絶望し、一時は辞職願を提出しようと考えたが、結局提出しなかつたのである。従つて被告の為した辞職承認処分は、被告が勝手になしたもので無効である。
然しその結果原告は、一方的に職を追われ、日頃から苦しかつた経済状態は益々度を加え背に腹はかえられず、生活資金(実質的には当然もらうべき俸給)の一部として退職金を受領した。
若し仮りに右主張に反し辞職願が提出されておつたとするも、前記のとおり「辞職願を出せ、出さなくても免職だ」との通告は、最早辞職の勧告などというものではなく、辞職の強要というべきものであつて、単に省側の事務上の便宜のため辞職願の提出を強要したものである。従つて辞職願の存在だけから、本件を「辞職」と解すべきでなく、卒直に事案の真相を直視して免職処分と解すべきである。
2 若し仮りに、被告主張どおり辞職承認処分であるとするも、次の事由により右処分は無効である。
(イ) 右辞職承認処分の前提要件である辞職願は、前記二、1、記載のような当時の事情下にあつて強大な国家権力及び占領軍の権力をも背後にした国の一省であつた被告の、一労働者たる原告に対する「二、三日以全に辞職願を出せ、出さなくとも免職にする。出せば退職金を倍額やる。」旨の有無いわせない不当な強迫により、意思決定の自由を抑圧された原告が、その意思なくして提出したもので無効である。従つてこのような無効な辞職願に基づきなされた右辞職承認処分もこれ又無効といわなければならない。
(ロ) 右の様な辞職の強要に基づきなされた辞職承認処分は、国家公務員法第三十九条の規定に違反し無効である。
(ハ) 原告及び電気通信大臣は、いずれも真意は国家公務員法第七十八条第三号による免職であるごとを知つていたにもかかわらず、外形上だけでも自発的な退職にしようと双方通謀して表面上辞職願を提出し、辞職承認処分の形式を整えたにすぎないから、右辞職願及びこれに基づく辞職承認処分は通謀虚偽表示に該当し無効である。
(ニ) 前記(イ)に記載した辞職の強要が、単なる辞職の勧告にすぎないとするも、右辞職の勧告は、共産主義者という理由から組合の熱心な活動家である原告を他の組合員と不当に差別扱いし、組合から排除する目的でなされたもので、明らかな不当労働行為であり且つ憲法第二十八条によつて保障された勤労者の団結権を侵害するもので違法である。従つてたとえ原告が、この「勧告」に応じて、辞職願を出して辞職したとしても、その辞職が右不当労働行為に該当する「勧告」と因果関係なくしてなされない限り、右辞職は、憲法第二十八条、労働組合法第七条第一号により無効である。
(ホ) 職員が辞職、退職した場合には、人事異動通知書を交付しなければならないのに、原告には、右通知書が交付されておらないから、本件辞職承認処分は人事院規則八-一二第七十五条に違反し無効である。
三、被告の答弁及び主張事実
1 前記一記載の原告の請求原因事実中、原告が辞職当時、富山電報局勤務の電気通信省職員で、電気通信事務官であつたこと、日本電信電話公社法施行の際電気通信省の職員であつた者はその時において被告の職員となつたこと、原告の辞職した当時共産主義者もしくはその同調者で、公務の正常な運営を阻害する等秩序をみだる恐れがあり、公務員としての適格性を欠く者が国家公務員法第七十八条第三号に基づき免職処分に附せられたことがあることは認める。その余は否認する。
2 原告は昭和二十五年十一月九日に、同月四日付の電気通信大臣宛辞職願書を提出し、家事並びに健康上の都合を事由に辞職許可を求めたので、同月十日頃任免権者である富山電気通信部長田知花政雄から、同月四日附の人事異動通知書を原告に交付して、辞職承認の処分がなされたものである。
このように原告は、自らの意思によつて退職したものであつて、その意に反して免職されたのではないから、原告の退職が免職処分であつたことを前提とする原告の主張は、すべて理由がない。
3 前記二記載の原告の主張事実中、昭和二十五年十一月六日電気通信部長田知花政雄が原告に対し、公務員としての適格性を欠くものと認め、同月十日に免職する予定であることを告げ、それまでに任意辞職せられたい旨慫慂したこと及び原告がこれに対し辞職する意思なきこと、免職処分に対しては飽くまでも闘う旨の意思を表明して其の場を退去したことは認める。その他の事実は否認する。
右辞職の勧告は、原告に共産党員として他の共産党員又はその同調者と密接な連絡をとりつつ就業時間中にも無断離席して、党機関紙、細胞ビラ等を配布するなど共産党活動を推進する行為があつた外、一般の職員を煽動して職制に対する不信、反感、憎悪の念をあおる等職場の秩序を乱し、又は団体交渉と称して過大、不当な要求を掲げて上司を吊し上げたり、或いは組合活動に名をかりて違法な争議行為をそそのかし、実行する等して業務の運営を阻害する事蹟があつたのに鑑み、公務員としての適格性を欠くものと認め、同月十日免職する予定であることを告げ、それまでに任意辞職されたい旨を慫慂したものであつて、原告は、これに対し、その後考えを改めて同月九日に至り、富山電気通信部に出頭し、同所において、前記辞職願をしたゝめた上、退職金等について有利な取扱をして欲しい旨申出でた。このように原告は、上司からの勧告にもとずくとはいえ、自らの意思によつて、辞職
願を出した以上、これにもとずいてなされた当該辞職を承認する処分が適法有効であることは言うまでもなく、本件辞職承認処分に何ら瑕疵は存しないのである。
第三、当事者双方の証拠関係<省略>
理由
一、原告が昭和二十五年十一月四日当時富山電報局勤務の電気通信省職員で電気通信事務官であつたこと、当時原告は日本共産党員であつたこと、日本電信電話公社法施行により、現在被告が同省の業務及び職員の雇傭関係を承継していることは当事者間に争いがない。
二、そこで先ず、原告の退職は、国家公務員法第七十八条第三号による免職処分(以下単に免職処分と略称する)であつたのか、それとも辞職承認処分であつたのかについて判断する。
証人田知花政雄の証言によれば、昭和二十五年十一月初旬頃富山電気通信局より原告の任命権者(その意に反する免職処分の権限はない)である富山電気通信部長たる同証人のもとに、原告は公務員としての適格性を欠くから辞職してもらうよう勧告せよ、勧告に応じないで辞職しない場合は十日過ぎ頃免職にする旨の指示があり、同証人は右指示に基づさ同月六日頃原告に対し「公務員としての適格性を欠くものと認め、同月十日頃免職予定であるから、それまでに辞職したらどうか」と辞職を慫慂し、原告はこれに対して辞職の意思なきこと、免職処分に対しては飽くまでも闘う旨言明してその場を退去したこと(同月六日頃、同証人と原告との間に右のようなやりとりがあつたことは争いがない。)が認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果の一部は信用しないし、他に右認定を覆すに足る証拠はない。そうすると右田知花の原告に対する六日の意思表示は、免職予告と共に辞職の勧告をなしたものと解すべきであり、免職の通告でないこと明かである。
そしてその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第二号証、証人金谷義二の証言により成立が認められる乙第三号証並びに同証人、同田知花政雄の各証言及び原告本人尋問の結果の一部(後記信用しない部分を除く)によれば、原告は右辞職勧告後の同月九日富山電気通信部庶務課長岩竹清治に同月四日付の家事並びに健康上の事由による電気通信大臣宛辞職願書を提出し、任命権者である前記田知花はその頃右辞職願に基づき原告の辞職を承認して、その旨の同月四日付人事異動通知書を作成したことが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果の一部は信用しないし、他に右認定を覆すに足る証拠はない。もつとも右証人田知花の証言によれば原告の右辞職願書が現存しないことが認められるが、同証人の証言によれば右辞職願書が提出された後本訴に至るまでの間に機構の改廃或いは庁舎の移転が重なつた結果紛失したものと推認されるから、右辞職願書が現存しないことは前認定を覆すにたりない。次に証人田知花政雄の証言及び原告本人尋問の結果によれば、昭和二十五年十一月十二三日頃原告は富山電報局或いは富山電気通信管理所かにおいて退職金を受領しており、その受領に当つて紛争の生じた形跡はなく、更に本件につき人事院に不利益処分の審査申立がなされたこともなく、その後本訴に至るまで原被告間に原告の退職に関し、何らの紛争もみられなかつたことが認められる。以上認定の諸事実を合せ考えれば、原告に対して、昭和二十五年十一月四日附で、適法に辞職承認処分が為され、それによつて原被告間の雇傭関係は終了し、原告は被告の職員たる身分を失つたものといわなければならない。もつとも右辞職勧告がなされた昭和二十五年にあつては、連合国最高司令官ダグラス・マッカーサーが同年五月三日反共声明を発表した後、六月六日付、同月七日付、同月二十六日付、七月十八日付各吉田内閣総理大臣宛の一連の書簡をもつて、日本政府に対し日本共産党中央委員及び日本共産党機関紙「アカハタ」の編集委員を公職から罷免し排除すること、右「アカハタ」及びその後継紙並びに同類紙の発行を停止させること等のために必要な措置をとるよう指令したこと及びこれを契機として同年夏から秋にかけて新聞報道関係の企業において大量の共産党員及びその同調者の排除が行われ、ついで全国各種重要産業と目される一般の企業体においても同様の排除措置がとられていたことは公知の事実である。右共産党員及びその同調者の職場からの排除が一般にレッド・パージと称せられているものであるが、既に認定したとおりこのレッド・パージが行われていた同年十一月六日頃日本共産党員である原告に対して、辞職勧告があり、又乙第三号証並びに証人山本ミチエの証言及び原告本人尋問の結果によれば、当時原告の所属する全逓信労働組合富山支部は右辞職勧告に対し傍観的態度であつたこと、原告は昭和二十三年八月頃から肺浸潤で富山赤十字病院に入院加療して同二十五年三月治癒退院して職場に復帰していたものであること、当時原告方は右病院に勤務する妻との二人暮しで実収入は原告の月五千円、妻の月四千円のみであつたこと、身内も少なく、同党員の中川力松に免職された場合の身の振り方につき相談したが得るところがなかつたことが認められる。これらの事実に徴すると、当時原告は免職処分を受けると他に就職の道を見出すことが困難であり、又免職処分の効力を争うには必らずしも有利な情勢でなかつた為、ついに闘争を断念するに至り、不本意ながら辞職願を提出するに至つたことが明かであるが、このことは右辞職願の提出が意思の欠缺により無効であるか否か、また前記の辞職勧告が辞職の強要であるか否かの問題を残すとしても、前記辞職承認処分を免職処分と解すべき根拠とはならない。
三、原告は、仮に、原告の退職が辞職承認処分であるとしても、その前提である原告の辞職願の提出が、被告の前記の如き辞職勧告による不当な強迫により、意思決定の自由を抑圧された原告により、その意思なくして為されたものであるから、無効であると抗弁する。然し原告が、前記の如き主観的、客観的状況の下に、不本意ながら、右辞職願を提出したことは前記認定の通りであるが、その為に辞職勧告に対する諾否の自由を抑圧され、その意思を欠いていたものとは認められず、他に原告の右主張を支持する証拠も存しないので、原告の右抗弁は採用できない。
四、次に、本件辞職願が国家公務員法第三十九条に違反する辞職の強要に基づいてなされたかについて考えてみると、原告に対して辞職勧告をなした右田知花政雄において、先の認定のどおり公務員として適格性を欠くものと認め免職する予定であるからそれまでに辞職したらどうかと述べた外、同人及びその他の者において右辞職勧告から辞職願提出に至るまでの間原告を脅迫或いは強制して辞職を強いたと認むべき何等の証拠もない。しかしながら原告に対して右免職予告のもとに辞職の勧告がなされた結果、原告は先に認定のとおり不満ながらも辞職願を提出したのであるから、若し右免職予告が違法なものであるとするならば、かかる免職予告のもとになされた辞職の勧告は強制行為とも解せられるので、この点について更に検討を進めるに、証人田知花政雄の証言によれば、原告に対し右免職予告がなされるに至つた理由は、当局側において、原告には富山電報局となる前の富山郵便局電信課時代に、同課で行われた昭和二十二年末の業務拒否闘争及び同二十三年の三月ストの際指導的役割を果して業務の正常な運営を阻害する行いが更に平常の際にも職場における団体交渉の際不当な要求をして管理者を吊し上げ職場の秩序を乱す行いがそれぞれあつたと認め、かかる行いのある者を公務員としての適格性を欠くものとして排除する目的で、右免職予告と共に辞職勧告をなすに至つたものであることが認められ他に右認定を覆すに足る証拠はない。もつとも右辞職勧告がなされた当時、既に認定したとおり、レッド・パージが行われていたこと、原告が日本共産党員であつたこと、及び原告本人訊問の結果によれば、原告は昭和二十二、三年頃全逓信労働組合富山支部の幹事或いは書記長等の役員をしていたこと、右辞職勧告を受けた際公務員としての適格性を欠くと認められるべき具体的事由の説明が得られなかつたこと、成立に争いのない甲第一号証によれば、その頃地元新聞に「電気通信省は赤色公務員二百十七名に対し六日午前各職場で所属長を通じ個人通告の形で辞職勧告、辞職を受入れない場合は両三日中に解雇の模様、富山電報に一名」なる旨の記事が掲載されたことが認められるが、これをもつて直ちに原告が共産主義者であり組合活動家であるとの事由のみでもつて、免職予告と共に辞職の勧告を受けたものと断定することはできない。
このように右免職予告のもとになされた辞職勧告は、原告に業務の正常な運営を阻害する行い及び職場の秩序を乱す行いがあるものと認め、かかる行いのある者を公務員としての適格性を欠くものとして排除する目的でなされたものであるから、何等不法なものといえず、従つて右免職予告のもとになされた辞職勧告に応じて提出された辞職願は強制によるものとは解せられない。
五、次に、本件辞職願の提出及びそれに基づく辞職承認処分は通謀虚偽表示であるか否かであるが、原告挙示の証拠その他本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。却つて証人金谷義二の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は富山電気通信部庶務課長岩竹清治に対し辞職することになれば、一時恩給金算定の根拠となる勤続年を有利に取計らつてもらいたい旨申し入れたことが認められ、この事実と既に認定したとおり本件辞職承認処分のあつたその頃原告はその職場において退職金を受領し、その際紛争の生じた形跡のないこと、原告は本件につき人事院に対し不利益処分に関する審査請求をなさず、本訴に至るまで何等かの異議のあつた形跡もないこと等の事実を合せ考えると、原告が辞職願を提出したのは、諸般の事情を考慮し利害得失を判断した結果辞職の真意をもつてなしたものと認められる。
六、更に、本件辞職勧告ひいては辞職承認処分が、原告の主張するがごとく不当労働行為であり勤労者の団結権を侵害するものであるかについて判断すると、原告に対してなされた本件辞職勧告の目的は、既に認定したとおり原告は、業務の正常な運営を阻害し職場の秩序を乱す行いがあり、公務員として適格性を欠くとして排除することにあつたのであつて原告が共産主義者、及び熱心な組合運動家であることを理由にしたものではないから、右辞職勧告は、それに伴う原告の退職は何ら不当労働行為でもなければ、勤労者の団結権を侵害するものでもない。
七、なお原告の辞職について、人事異動通知書が原告に交付されておらない旨の主張については、成立に争いない乙第四号証の三によれば、人事異動通知書は五部作成して、一部は辞令書として、当該職員に交付し、他の四部は電気通信省の各部課、及び人事院に保管されることになつており、乙第二号証はその四部の内の一であることが認められ、また前記認定の如く、原告は昭和二十五年十一月十二、三日頃富山電報局あるいは電気通信管理所かに於て、退職金を受領しており、以上の事実を綜合すると、同月十二、三日頃までには原告は人事異動通知書の交付を受けたものと推認される。原告本人訊問の結果中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を左右する証拠はない。
八、以上のとおり原告の主張はいずれもその理由がなく、原被告間に原告主張の雇傭関係が存続しないこと明らかであるから、原告の本訴請求はいずれもこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 斎藤寿 吉田誠吾 鬼頭忠明)